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福岡高等裁判所 平成8年(ラ)104号 決定

抗告人 正森由子

相手方 高森和彦

主文

原審判を取り消す。

本件を福岡家庭裁判所久留米支部に差し戻す。

理由

一  抗告人は、主文同旨の裁判を求め、その理由として、「原審は、抗告人と相手方が、原審第五回調停期日において、(1)遺産総額を被相続人高森与市の相続税申告額金2億5,543万5,000円とする、(2)被相続人高森キヌの遺産金1億2,771万7,000円につき、抗告人の相続分は4分の3、相手方の相続分は4分の1とするという合意(以下「本件合意」という。)をしたと認定したうえ、右合意に従った遺産分割の審判をしたが、抗告人は、本件合意をしたことはない。原審判は、調停期日における抗告人の意見陳述を確定的意思表示と誤解している。また、原審判は、被相続人高森キヌの遺産をも遺産分割の対象にしているが、同人は、抗告人に対し、一切の遺産を遺贈する旨の遺言をしているから、仮に、相手方が右遺贈につき遺留分減殺請求権を行使したとしても、高森キヌの遺産は、遺産分割の対象とはならない。よって、原審判は不当であり、その取り消しを求める。」と主張する。

二  当裁判所は、以下のとおり、原審判が認定した、原審第5回調停期日において本件合意が成立したとの事実を認めるに足りないと判断する。

たしかに、右調停期日の事件経過表には、当事者双方が本件合意内容その他を前提条件として、調停を進めることに合意した旨の記載があるが、右事件経過表には家事審判官の認印がないので、これに適式な調書としての効力を認めることはできないのみならず、右合意は、右記載自体からして、調停の成立を目的としてなされたことが明らかであつて、調停が不調に終わったときにまで法的効力を有するような意思表示としてなされたとは解しがたいこと、記録によれば、抗告人は、右期日からわずか1か月余りしか経過していない第6回調停期日において、右合意を撤回して調停成立のための新たな条件を提示したと認められることに照らすと、前記事件経過表の記載によっては、原審第5回期日において、抗告人が相手方との間で、撤回を許さない確定的な意思表示として本件合意をしたとまでは認め難いというべきであり、他にそのように認めるべき証拠はない。

三  よって、抗告人、相手方間における本件合意の確定的な成立を前提として、その内容に従った遺産分割をした原審判は不当であるから、これを取り消したうえ、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 谷水央 裁判官 田中哲郎 永松健幹)

〔参考〕

福岡高等裁判所 御中

平成8年5月22日

即時抗告の申立書

抗告人等の表示(編略)

福岡家庭裁判所久留米支部平成7年(家)第321号、322号遺産分割申立事件の審判に対し、平成8年5月2日にした審判について即時抗告の申立てをする。

申立の趣旨

原審判を取り消し、本件を福岡家庭裁判所久留米支部に差し戻す。との裁判を求める。

申立の理由

1 原審判は、第5回調停期日において抗告人と被抗告人が、

(1) 遺産総額を被相続人高森与市の相続税申告額金2億5,543万5,000円とする。

(2) 被相続人高森キヌの遺産金1億2,771万7,000円につき、抗告人の相続分は4分の3、被抗告人の相続分は4分の1とする。

ことを合意した、と認定し、それを前提として遺留分減殺請求権についての時効援用権を放棄したものと認め、その結果、前述の審判をしたものである。

2 原審判の右合意の認定等は調停手続の本質の誤解によるものであり、破棄さるべきものである。即ち、調停においては調停委員会が当事者の意見、要求等を聞き、調停成立にむけて手続を進行させるのであるが、その過程における当事者の意見等の陳述は、時には感情的な発言や矛盾した要求、また、前言を翻したり等行ったり来たりしながら次第に調停成立へ煮つめて行くものであり、調停期日における発言を確定的意思表示と解釈し、それに一定の法律効果を認める如きは明らかに調停手続の本質に違反し、許されないものである。

調停が不調になったときの調停期日における発言は、当事者が確定的意思表示の結果に基づき一定の法律効果を認めることを合意した場合は別として、それ以外のものは調停が不調になった場合には一切なかったものとし処理さるべきである。

家事審判法の調停に関する如何なる規定も、調停不調になった場合に、調停期日における当事者の発言に法律効果を与えることを前提としていないのである。調停期日における当事者の発言に一定の法律効果を認めるのであれば、訴訟手続における弁論調書の如く厳しい要件を定めた調停期日調書の作成を定めておくべきであり、更に、民事訴訟法第146条第2項の如き規定も必要になる。現行の調停期日の手続においては、原審判の如き認定は違法である。

3 さて、本件においては、先ず調停手続が開始され、家事調停委員によって調停手続が進められ、第7回調停期日において調停不成立となり、審判手続に移行し、その後家事審判官による当事者への事実調査もなされることなく平成8年5月2日の審判となったものである。(調停不調により審判をする場合には審判のための取調べをして、その資料を基礎にすべきであって、調停に関与した審判官が当事者、関係者の供述態度等から審判するのは妥当ではない。名古屋高裁金沢支部昭28.1.30日)。

本件においては抗告人は第5回調停期日において原審判が云うが如き合意をした事実はない。調停をまとめるためのいくつかの試案として種々の意見を提起したがそれはあくまでも一つの案、あるいは考え方としてのものであって、その個々の意見陳述はそれ自体で一つの法律効果を持たせるための意思表示ではない。それを法律効果を持つ意見表示と認定した原審判は取り消さるべきものである。

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